下拵え へ戻る
なんと、自分の口元に髭が生えている。触ってみると艶々している。鏡で確認してみると、なんだかまるで彼と同じような髭をしているなと感じる。身体のほうを見てみると胸の膨らみが無くなっており、背丈や体型はそのまま、男性の身体に変化していた。私は男になってしまったんだろうか?不思議とその姿がしっくりくるようにも思えた。むしろこれが本来の自分の姿だったような気もする。驚くことはない、至って正常な自分の姿だと安堵さえしている。だがこの姿では、この性別では、結ばれることはできない。…結ばれる? 誰と? さて自分は何を考えているのだろう。自分はそもそも誰だったのだろう、名前は…身分は…?「おはようシャープ!」途端に、自分の名前を馴染みのある声によって呼ばれ、ハッとして目蓋を開けた。そこには夢の中で、男に変わっていた自分の口元に生えていた髭と同じような髭を生やした愛する伴侶である夫フラットが、ニコニコした表情で私のことを上から見据えていた。「朝ごはん、できてるよ! もう9時だよ! 昨日、遅くまで作曲してたから、お寝坊しちゃったかな?」フラットは料理をする時にだけ身に付ける衣服を着ており、部屋には僅かながら彼が作ったのであろう朝食の良い香りが漂ってきていた。彼のその言葉により、そういえば昨夜は他の街の役人から頼まれた曲を夢中で書いていたことを思い出した。しかし自分でこの寝床に入った記憶が無い。そのまま机に突っ伏してしまったような気がする。「さあ起きてー! 今日はエッグベネディクトっていうのにチャレンジしてみたんだ〜」フラットがそう言いながら、そばにあった窓のカーテンを開けた。日光が差し込み、その眩しさに思わず一瞬目を閉じる。もう先ほどまで見ていた夢の内容はほとんど忘れてしまった。しかし夢とはそういうものだ。朝が来て忙しない日常生活に戻って行くと、見ていた夢の内容というのはすぐに忘却してしまう。「…フラット、もしかして寝室まで運んでくれたのか?」起き上がりながら、手際良く私の服を準備してくれている彼にもしやと思って訊ねてみた。フラットは顔をこちらに向け、にっこりと笑ってから「もう、あんまり根詰めたりしちゃダメだよー」と言って私の頭をポンポンと優しく叩いてきた。しかし、そんな夜遅くまで起きていた私を寝室に運んでくれたフラットこそ、かなり夜遅くまで起きて作業していたということだ。私は申し訳なく思い、そして「またやってしまったな」というバツの悪さを感じながらフラットが差し出してくれた着替えの服を受け取った。するとフラットは身を乗り出して夢中になって語り出した。「あのね、ちょっと書きかけの譜面見ちゃった! シャープのつくる曲、私やっぱり好きだなー! 明るくなり過ぎず、暗くなり過ぎずで、バランス取れてて良いよね。あの音階、シャープらしい雰囲気がいつも含まれてて…」と言いかけたところで、フラットはハッとして「ごめんね、私がいると、着替えられないよね」と顔を少し赤面させた。
そして急ぎ足で寝室の出入り口に向かって行き、振り返って「続きは朝ご飯食べながら話すね!」と言って笑顔満面でドアを開けてリビングのほうへとパタパタ歩いて行った。私は彼のその様子を、微笑ましいものを見るかのような気持ちでじっと見つめていた。そしてフラットと夫婦として結ばれることができた事実を感謝し、いつかこの気持ちを表現した詩を作ろうと、心の中で決意したのだった。愛妻の日…!?と思ったので音楽家夫婦のちょっとした小話でしたもしも女性で無血縁だったらという破茶滅茶すぎる設定で書いていますフラットみたいな良い旦那さんって本当にいるんでしょうか(
現在、コメントの投稿にはログインが必要です
なんと、自分の口元に髭が生えている。触ってみると艶々している。
鏡で確認してみると、なんだかまるで彼と同じような髭をしているなと感じる。
身体のほうを見てみると胸の膨らみが無くなっており、背丈や体型はそのまま、男性の身体に変化していた。
私は男になってしまったんだろうか?
不思議とその姿がしっくりくるようにも思えた。むしろこれが本来の自分の姿だったような気もする。驚くことはない、至って正常な自分の姿だと安堵さえしている。
だがこの姿では、この性別では、結ばれることはできない。…結ばれる? 誰と? さて自分は何を考えているのだろう。自分はそもそも誰だったのだろう、名前は…身分は…?
「おはようシャープ!」
途端に、自分の名前を馴染みのある声によって呼ばれ、ハッとして目蓋を開けた。
そこには夢の中で、男に変わっていた自分の口元に生えていた髭と同じような髭を生やした愛する伴侶である夫フラットが、ニコニコした表情で私のことを上から見据えていた。
「朝ごはん、できてるよ! もう9時だよ! 昨日、遅くまで作曲してたから、お寝坊しちゃったかな?」
フラットは料理をする時にだけ身に付ける衣服を着ており、部屋には僅かながら彼が作ったのであろう朝食の良い香りが漂ってきていた。
彼のその言葉により、そういえば昨夜は他の街の役人から頼まれた曲を夢中で書いていたことを思い出した。しかし自分でこの寝床に入った記憶が無い。そのまま机に突っ伏してしまったような気がする。
「さあ起きてー! 今日はエッグベネディクトっていうのにチャレンジしてみたんだ〜」
フラットがそう言いながら、そばにあった窓のカーテンを開けた。日光が差し込み、その眩しさに思わず一瞬目を閉じる。
もう先ほどまで見ていた夢の内容はほとんど忘れてしまった。しかし夢とはそういうものだ。朝が来て忙しない日常生活に戻って行くと、見ていた夢の内容というのはすぐに忘却してしまう。
「…フラット、もしかして寝室まで運んでくれたのか?」
起き上がりながら、手際良く私の服を準備してくれている彼にもしやと思って訊ねてみた。
フラットは顔をこちらに向け、にっこりと笑ってから
「もう、あんまり根詰めたりしちゃダメだよー」
と言って私の頭をポンポンと優しく叩いてきた。
しかし、そんな夜遅くまで起きていた私を寝室に運んでくれたフラットこそ、かなり夜遅くまで起きて作業していたということだ。
私は申し訳なく思い、そして「またやってしまったな」というバツの悪さを感じながらフラットが差し出してくれた着替えの服を受け取った。
するとフラットは身を乗り出して夢中になって語り出した。
「あのね、ちょっと書きかけの譜面見ちゃった! シャープのつくる曲、私やっぱり好きだなー! 明るくなり過ぎず、暗くなり過ぎずで、バランス取れてて良いよね。あの音階、シャープらしい雰囲気がいつも含まれてて…」
と言いかけたところで、フラットはハッとして
「ごめんね、私がいると、着替えられないよね」
と顔を少し赤面させた。
そして急ぎ足で寝室の出入り口に向かって行き、振り返って
「続きは朝ご飯食べながら話すね!」
と言って笑顔満面でドアを開けてリビングのほうへとパタパタ歩いて行った。
私は彼のその様子を、微笑ましいものを見るかのような気持ちでじっと見つめていた。
そしてフラットと夫婦として結ばれることができた事実を感謝し、いつかこの気持ちを表現した詩を作ろうと、心の中で決意したのだった。
愛妻の日…!?と思ったので
音楽家夫婦のちょっとした小話でした
もしも女性で無血縁だったらという破茶滅茶すぎる設定で書いています
フラットみたいな良い旦那さんって本当にいるんでしょうか(