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大理石で造られたかに見える建造物が、雲のような土台の上に立ち並んで独特な風景を醸し出している国、スカイランド。この国は上空で生活することに適した身体を持つエルエル人という種族が住んでおり、グランエルという一国の主と、その主に忠誠を誓うシロエル、アカエル、アオエル、キーエルの4人の偉人によって治安が保たれていた。その4人のうちの一人であるアオエルという男は、いつも朗らかな笑顔を絶やさず、偉人と言えど友好的で近寄りやすい雰囲気を常に放っていたので、多くの国民たちから信頼を寄せられていた。アオエルはその特質をグランエルから買われ、国を守るだけではなく住民たちを取り纏める人事部門という立場を任されていた。彼はスカイランドの住民たち一人一人と気さくに話し、今現在置かれている状況や健康状態などを定期的に尋ねるようにしていた。そんな中、近頃アオエルの頭を悩ませる一つの問題が生じていた。「アーオさん!」アオエルは、恐らく自分よりも30ほど年が若そうな元気はつらつとした女の子が、やたらと毎日のように言い寄ってくるという、ある者から見ればなんとも贅沢すぎる問題を抱えていた。アオエルは彼女の声を耳にし、そちらに顔を向けると笑顔こそ崩さないものの、肩を気持ち少し落として小さくため息をついた。「なっつん、また来たのかい?」「またってなんですか? アオさんに会いに来ちゃいけないんですか??」「いや、そういうわけじゃあないんだけどさ〜…」アオエルが『なっつん』と呼んだ彼女の名前はナツエルという。エルエル人はその種族の特徴として誰でも名前の語尾に必ず「エル」が付く。彼女はナツという名の通り、どこか涼しげな、夏っぽい服装をしていた。彼女はアオエルに近づくと、両側に伸びている彼の黒く長いヒゲの一方をツンツンと突ついた。「今日も自慢のおヒゲの手入れ、バッチリですね!」「こらこら」払い退けはしないものの、アオエルは困ったなあといった表情を浮かべた。彼女はある時を境に、アオエルに毎日会いに来るようになった。アオエルがスカイランドのどこにいても、ナツエルは彼の居場所を探し出し、声をかけに来た。ある時、決定的な出来事が数日前に起きた。同じ立場にいるアカエルとキーエルの3人で会議をしていたときに、ナツエルが乱入してきたのだ。アカエルは、国の安泰を話し合う場で何を惚気ているのかとでも言うような軽蔑的な眼差しでアオエルを見つめ、キーエルは目の前で繰り広げられている光景に対してどう対応したら良いのかわからないといった表情を浮かべ、アワアワと戸惑っていた。その後、アオエルはアカエルから不当そして相当な叱責を受けた。その時以降、彼はナツエルに対する対応についていよいよどうしたものかと思い始めていた。「なっつん、どうしてオレに毎日会いに来るの?」あくまでもいつものにこにこした表情で、だが少しイライラしたようなニュアンスも若干含めながら、アオエルは彼女に単刀直入に質問した。「えっどうしてって…アオさんのことが好きだから!」何の悪びれもない、可愛らしい満面の笑顔で返答されたので、アオエルのきぜんとした体勢は少し崩れかけたが、すぐに立て直して質問を続けた。「好きって、それがよくわからないんだけど」「えっ!?」そのアオエルの言葉に非常に驚いたような声を出して、ナツエルは彼の顔をじっと見つめた。しばらく何秒かそのままだったので、アオエルにとって非常に気まずい時間が流れた。アオエルがこちらから何かしら言葉を発したほうが良いのだろうかと思い始めたとき、ナツエルは頬を赤くさせ、顔を俯かせて両手の指を絡めさせ、もじもじする仕草をし始めた。それは、アオエルのその疑問に対して答えたいことがあるらしいが、話そうかどうか迷っているような様子に見えた。アオエルはよくわからないもどかしさを感じたが、ナツエルのその恥ずかしそうにしているサマを見て、一国民しかも若い女性をこれ以上問い詰めて困らせてしまうのは自分の立場上相応しくないだろうと判断し、「うーんなんか無粋なこと言っちゃったみたいだね、ごめんね?」と言って大人しく引き下がろうとした。その直後、ナツエルは顔をバッとあげたかと思うと、かなり大きめな声で「そういうところが、大好きっ!!!」という一言を発しながら、アオエルを正面からギュッと力強く抱き締めた。そして彼の張りのある頬に軽い接吻をすると、そのまま逃げるように飛び去って行った。アオエルはしばらく自分の身に起きた出来事が飲み込めず、呆然と立ち尽くしていた。やがて、自分に向けられている2つの視線に気付くようになった。そこにはいつから見ていたのか、同僚であるアカエルとキーエルが、長年付き合ってきた中でもあまり見せることのなかった何とも言えない表情で、アオエルのことを直視していたのだった。「えっいや、ちょっと、見てたの?」「一部始終」「ええ…」「…アオエル、モテモテだね…」「え、いやいや」「罪深い男め」「いやいやいや…なんでそうなるの」「お前は若いおなごの心を奪い取ったのだ」「語弊があります、それは」「アオエル、みんなから頼りにされてるからね…」「惚気て任務を怠るなよ」「ちょっとおお惚気とかそういうんじゃないから〜」アオエルが困り果てた表情を浮かべながらワタワタしている様子を、アカエルは普段の鋭い眼光を半目にして見つめていた。アカエルには、何故ナツエルがそこまでアオエルに好意を寄せているのか思い当たる節があった。というより、確実にこの出来事がきっかけになっているのだろうという確信を抱いていた。スカイランドと対をなすアンダーランドという国の住民が攻めて来たときのことだ。敵兵の攻撃によって羽織りを傷付けられ、思うように上手く飛べず避難するのが遅れている住民たちが何人か出てきてしまっていた。アカエルはそのような者たちを誘導しつつ防衛していたが、その中の一人の女性が、敵兵が放つ飛び道具によって羽織りに飛べなくなるほどの致命的な傷を付けられ、雲の土台に建てられている建造物の床に落下してしまった…それがナツエルだった。アカエルは直ぐ手を貸しに行こうと思ったものの、自身が応戦するのに精一杯で、比較的近くで敵の軍隊を撹乱しているキーエルに呼び掛けようとした。しかし、キーエルがその呼び掛けに反応したことによって少しの隙が生じてしまい、キーエルの撹乱から逃れた敵兵が、動けなくなったナツエルに飛び掛かってきたのだ。その直後、他の住民たちを避難させ終えて2人に合流しに来たアオエルが到着し、ナツエルに襲い掛かる敵兵の前にドスンと立ちはだかった。そして、普段のにこにこした表情からは想像できないようなドスの効いた声で「オイ……オレの大事な仲間に何してくれてんのかな」と、口元は笑ったまま、しかし半開きになっている目は全く笑っていない表情で相手をギロッと睨み付けた。敵兵はアオエルのその威圧的な風格に一瞬たじろいだ。その途端、アオエルはあっという間に敵兵をなぎ倒し、ナツエルの危機を救ったのだ。アカエルは安堵したと同時に、その時のナツエルの表情を見て、記憶に強く印象付けられた。彼女は自分の身を助けてくれたアオエルのことを敬意と感謝のこもった表情でじっと見つめており、目は感動で輝いていた。その後、シロエルが誘導しに来るまで、ナツエルはずっと応戦するアオエルの姿を見つめていたのだった。アオエルとしては、自分に託された当然の任務として『大事な仲間』の一人を助けただけだったのかもしれない。だがそれはナツエルの心に十二分に響く出来事だった。アカエルは2人のその一連の事情を把握していたが「何故彼女が自分に好意を寄せているのかわからない」と言い続けているアオエル本人には一切話さないでいた。そのほうがアオエルにとってなんとなく良い気がしたからだ。今日は無理だったようだが、時が来れば彼女のほうから打ち明けるかもしれない。本人から直接聞くのが良いだろう、と。アカエルがそのようなことを考えている事実を知る由も無く、アオエルはようやく事態を把握して、酒を飲んだ時のように顔を赤くさせていた。それでも表情は相変わらず、にこにこ顔のままであった。キーエルはそんなアオエルの背中を落ち着けるようにさすってやり、アカエルは腕を組んで2人のその様子を微笑を浮かべながら静かに見守っていた。
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大理石で造られたかに見える建造物が、雲のような土台の上に立ち並んで独特な風景を醸し出している国、スカイランド。この国は上空で生活することに適した身体を持つエルエル人という種族が住んでおり、グランエルという一国の主と、その主に忠誠を誓うシロエル、アカエル、アオエル、キーエルの4人の偉人によって治安が保たれていた。
その4人のうちの一人であるアオエルという男は、いつも朗らかな笑顔を絶やさず、偉人と言えど友好的で近寄りやすい雰囲気を常に放っていたので、多くの国民たちから信頼を寄せられていた。
アオエルはその特質をグランエルから買われ、国を守るだけではなく住民たちを取り纏める人事部門という立場を任されていた。
彼はスカイランドの住民たち一人一人と気さくに話し、今現在置かれている状況や健康状態などを定期的に尋ねるようにしていた。
そんな中、近頃アオエルの頭を悩ませる一つの問題が生じていた。
「アーオさん!」
アオエルは、恐らく自分よりも30ほど年が若そうな元気はつらつとした女の子が、やたらと毎日のように言い寄ってくるという、ある者から見ればなんとも贅沢すぎる問題を抱えていた。
アオエルは彼女の声を耳にし、そちらに顔を向けると笑顔こそ崩さないものの、肩を気持ち少し落として小さくため息をついた。
「なっつん、また来たのかい?」
「またってなんですか? アオさんに会いに来ちゃいけないんですか??」
「いや、そういうわけじゃあないんだけどさ〜…」
アオエルが『なっつん』と呼んだ彼女の名前はナツエルという。エルエル人はその種族の特徴として誰でも名前の語尾に必ず「エル」が付く。
彼女はナツという名の通り、どこか涼しげな、夏っぽい服装をしていた。
彼女はアオエルに近づくと、両側に伸びている彼の黒く長いヒゲの一方をツンツンと突ついた。
「今日も自慢のおヒゲの手入れ、バッチリですね!」
「こらこら」
払い退けはしないものの、アオエルは困ったなあといった表情を浮かべた。
彼女はある時を境に、アオエルに毎日会いに来るようになった。
アオエルがスカイランドのどこにいても、ナツエルは彼の居場所を探し出し、声をかけに来た。
ある時、決定的な出来事が数日前に起きた。同じ立場にいるアカエルとキーエルの3人で会議をしていたときに、ナツエルが乱入してきたのだ。
アカエルは、国の安泰を話し合う場で何を惚気ているのかとでも言うような軽蔑的な眼差しでアオエルを見つめ、キーエルは目の前で繰り広げられている光景に対してどう対応したら良いのかわからないといった表情を浮かべ、アワアワと戸惑っていた。
その後、アオエルはアカエルから不当そして相当な叱責を受けた。その時以降、彼はナツエルに対する対応についていよいよどうしたものかと思い始めていた。
「なっつん、どうしてオレに毎日会いに来るの?」
あくまでもいつものにこにこした表情で、だが少しイライラしたようなニュアンスも若干含めながら、アオエルは彼女に単刀直入に質問した。
「えっどうしてって…アオさんのことが好きだから!」
何の悪びれもない、可愛らしい満面の笑顔で返答されたので、アオエルのきぜんとした体勢は少し崩れかけたが、すぐに立て直して質問を続けた。
「好きって、それがよくわからないんだけど」
「えっ!?」
そのアオエルの言葉に非常に驚いたような声を出して、ナツエルは彼の顔をじっと見つめた。
しばらく何秒かそのままだったので、アオエルにとって非常に気まずい時間が流れた。
アオエルがこちらから何かしら言葉を発したほうが良いのだろうかと思い始めたとき、ナツエルは頬を赤くさせ、顔を俯かせて両手の指を絡めさせ、もじもじする仕草をし始めた。
それは、アオエルのその疑問に対して答えたいことがあるらしいが、話そうかどうか迷っているような様子に見えた。
アオエルはよくわからないもどかしさを感じたが、ナツエルのその恥ずかしそうにしているサマを見て、一国民しかも若い女性をこれ以上問い詰めて困らせてしまうのは自分の立場上相応しくないだろうと判断し、
「うーんなんか無粋なこと言っちゃったみたいだね、ごめんね?」
と言って大人しく引き下がろうとした。
その直後、ナツエルは顔をバッとあげたかと思うと、かなり大きめな声で
「そういうところが、大好きっ!!!」
という一言を発しながら、アオエルを正面からギュッと力強く抱き締めた。そして彼の張りのある頬に軽い接吻をすると、そのまま逃げるように飛び去って行った。
アオエルはしばらく自分の身に起きた出来事が飲み込めず、呆然と立ち尽くしていた。
やがて、自分に向けられている2つの視線に気付くようになった。
そこにはいつから見ていたのか、同僚であるアカエルとキーエルが、長年付き合ってきた中でもあまり見せることのなかった何とも言えない表情で、アオエルのことを直視していたのだった。
「えっいや、ちょっと、見てたの?」
「一部始終」
「ええ…」
「…アオエル、モテモテだね…」
「え、いやいや」
「罪深い男め」
「いやいやいや…なんでそうなるの」
「お前は若いおなごの心を奪い取ったのだ」
「語弊があります、それは」
「アオエル、みんなから頼りにされてるからね…」
「惚気て任務を怠るなよ」
「ちょっとおお惚気とかそういうんじゃないから〜」
アオエルが困り果てた表情を浮かべながらワタワタしている様子を、アカエルは普段の鋭い眼光を半目にして見つめていた。
アカエルには、何故ナツエルがそこまでアオエルに好意を寄せているのか思い当たる節があった。というより、確実にこの出来事がきっかけになっているのだろうという確信を抱いていた。
スカイランドと対をなすアンダーランドという国の住民が攻めて来たときのことだ。
敵兵の攻撃によって羽織りを傷付けられ、思うように上手く飛べず避難するのが遅れている住民たちが何人か出てきてしまっていた。アカエルはそのような者たちを誘導しつつ防衛していたが、その中の一人の女性が、敵兵が放つ飛び道具によって羽織りに飛べなくなるほどの致命的な傷を付けられ、雲の土台に建てられている建造物の床に落下してしまった…それがナツエルだった。
アカエルは直ぐ手を貸しに行こうと思ったものの、自身が応戦するのに精一杯で、比較的近くで敵の軍隊を撹乱しているキーエルに呼び掛けようとした。しかし、キーエルがその呼び掛けに反応したことによって少しの隙が生じてしまい、キーエルの撹乱から逃れた敵兵が、動けなくなったナツエルに飛び掛かってきたのだ。
その直後、他の住民たちを避難させ終えて2人に合流しに来たアオエルが到着し、ナツエルに襲い掛かる敵兵の前にドスンと立ちはだかった。
そして、普段のにこにこした表情からは想像できないようなドスの効いた声で
「オイ……オレの大事な仲間に何してくれてんのかな」
と、口元は笑ったまま、しかし半開きになっている目は全く笑っていない表情で相手をギロッと睨み付けた。
敵兵はアオエルのその威圧的な風格に一瞬たじろいだ。その途端、アオエルはあっという間に敵兵をなぎ倒し、ナツエルの危機を救ったのだ。
アカエルは安堵したと同時に、その時のナツエルの表情を見て、記憶に強く印象付けられた。
彼女は自分の身を助けてくれたアオエルのことを敬意と感謝のこもった表情でじっと見つめており、目は感動で輝いていた。
その後、シロエルが誘導しに来るまで、ナツエルはずっと応戦するアオエルの姿を見つめていたのだった。
アオエルとしては、自分に託された当然の任務として『大事な仲間』の一人を助けただけだったのかもしれない。だがそれはナツエルの心に十二分に響く出来事だった。
アカエルは2人のその一連の事情を把握していたが「何故彼女が自分に好意を寄せているのかわからない」と言い続けているアオエル本人には一切話さないでいた。
そのほうがアオエルにとってなんとなく良い気がしたからだ。
今日は無理だったようだが、時が来れば彼女のほうから打ち明けるかもしれない。本人から直接聞くのが良いだろう、と。
アカエルがそのようなことを考えている事実を知る由も無く、アオエルはようやく事態を把握して、酒を飲んだ時のように顔を赤くさせていた。それでも表情は相変わらず、にこにこ顔のままであった。
キーエルはそんなアオエルの背中を落ち着けるようにさすってやり、アカエルは腕を組んで2人のその様子を微笑を浮かべながら静かに見守っていた。